重ね着する建築
ドレープ状のカーブを持つ透明のビルと聞いて、まず頭に思い浮かべるもの。それは、20世紀を代表するモダニズム建築家ミース・ファン・デル・ローエが1921年に描いた「ガラスの摩天楼」のドローイングだろう。シカゴ派の直方体の高層ビルが幅を利かせていた時代に、強い一石を投じる表現主義の美しき名作であった。
ミース・ファン・デル・ローエ氏が1921年に描いた「ガラスの摩天楼」。現代のガラス張りビルたちの原点といえる存在
出典:Penn Arts & Siences
一見すると、その外形において類似する点も見られる。ところがDior表参道においては、ドレープ状の半透明のアクリルのさらに外側を、透明度が極めて高いガラスのスクリーンで囲うことで、ミースのそれと根底からコンセプトを異にしている。建築が、重ね着をしているのだ。かつてミースがガラスを用いたのは、「透明性」の探求に他ならなかった。SANAAの場合、薄白い波打つアクリルと、フラットなガラスの間に起こる透明材特有の「現象」に、面白さを見出したのだと思う。
ドレープ状のアクリルとフラットなガラス、2枚の透明材がこの建築の壁となっている
実際にDior表参道の周りをゆっくりと歩いてみてほしい。このアクリルとガラスの2層のあいだで起こる透過、屈折、乱反射。その連続が引き起こすゆらゆらとした視覚効果こそ、この建築におけるガラスの目的であり、それが透明であることは手段に過ぎないことに気づく。建築は動けない。しかし、それを見る私たちは絶えず動いている。妹島氏と西沢氏は、建築と鑑賞者の関係性を知り尽くし、建築自体は静止させながら、そのシルエットを絶えず、軽やかにゆらめかせて見せた。Dior表参道の中に、一歩、足を踏み入れてみる。すると、ケヤキ並木の街並みが、ガラスを透過し、さらに半透明のアクリルとのあいだで無数の拡散を繰り返したのち、ふんわりと、外界の色だけを帯びた柔らかい光となって身体を包み込んでくるだろう。それは、あなたにとって初めて、「建築を着る」という体験になるかもしれない。
ちなみに最上部に取り付けられているスターは、占いを信じていたクリスチャン・ディオール氏が愛した幸運のシンボルである
Diorというブランドは、流行を取り入れることも、押しつけることもしない。同様にDIor表参道も、昼は流行の最先端を行く街並みをぼんやり反射し、夜は流行の発信地として輝く店内をぼんやり透過させるにとどまる。この半透明のアクリル素材は、Diorというブランドと、それを取り巻く社会との絶妙な距離感を美しく体現している。観るひとによって、場所によって、時代によって、シルエットも、「着心地」も変わり続ける建築。それは、建築空間化されたクリスチャン・ディオールの「服」そのものだ。
《プロフィール》
各務太郎 Taro Kagami
1987年東京都生まれ。2011年早稲田大学建築学科卒業後、電通に入社。第1クリエーティブ局配属。コピーライターとして数々のCM企画を担当。2014年退社。2015年ハーバード大学デザイン大学院(都市計画学修士)に入学。現在、建築と広告、2つのアプローチで都市が抱える難題に取り組んでいる。第30回読売広告大賞最優秀賞。第4回大東建託主宰賃貸住宅コンペ受賞。他。