カリスマの次にやってきたのは“キング”だった
Vol.1の最後で紹介させてもらった通り、ストリートスナップの第一人者・青木正一氏が創刊した『FRUiTS』は原宿のストリートスナップを世界に発信した。青木氏によって蒔かれた種が実り、ストリートスナップ文化はこの街で2000年代以降も強い影響力を持つ。

OMOHARAREAL INTERVIEW 『STREET』『FRUiTS』『TUNE』創刊者・青木正一 より(2019年)
そんな、ストリートスナップの文脈の中で、新たな視点から脚光を浴びたのがヘアスタイル & ファッション誌『CHOKiCHOKi』だ。
『CHOKiCHOKi』は創刊編集長である三浦伸司氏によって、美容師や美容室を巻き込みながら、ヘアスタイルにフォーカス。スナップしたモデルの中から、誌面のアイコンとして“おしゃれキング”という称号を与えて選出し、それまで俯瞰した視点が主流だったストリートスナップに+α、ある種の競技性=エンタメ性をもたらした。

CAMPFIRE クラウドファンディング 「CHOKiCHOKi」プロジェクトページより
そんな“おしゃれキング”の面々はストリートスナップのマナーを踏襲した、街の中にリアルにいるおしゃれな“素人”。しかし、ヘアスタイルをフィーチャーしている雑誌だからこそ、美容師を目指す美容学生や美容師が必然的に多かった。
三浦氏がおしゃれな魅力ある若者を純粋に追った結果として、“これから”の人に図らずも目を向けたことは、振り返ってみれば慧眼だったと言えよう。“おしゃれキング”となり人気を獲得した若手の美容師たちは、そこで得た知名度と持ち前の感性を活かして美容師としても活躍していく。この『CHOKiCHOKi』と“おしゃれキング”の影響で、街のストリートスナップにおいて美容師は欠かせない存在になっていった。

CHOKiCHOKi創刊編集長・三浦伸司氏 OMOHARAREAL がんばろう表参道 & 原宿 より (2021)
高校生の頃からカットモデルとして活動していたという、SHIMAのアートディレクター・クリエイティブスタイリスト 奈良裕也氏も、初代“おしゃれキング”として選ばれたのは22歳の頃だった。
誌面のアイコンとして“おしゃれキング”という称号を生みだし、自然な流れでヘアスタイル×ファッションという軸を確立したのは画期的だった。予約の取れないカリスマ美容師が、手が届かないような存在だったのに対し、“おしゃれキング”はより身近な存在としてヘアスタイルとファッションを発信。カリスマ美容師以降の当時において、美容師への憧れや、職業としての人気を押し上げた功績は非常に大きい。

青木氏による2004年創刊の『TUNE』、三浦氏による『CHOKiCHOKi』では“おしゃれキング”として見出されたSHIMA アートディレクター ・クリエイティブスタイリスト 奈良裕也氏(写真は2016年)。OMOHARAREALのインタビューでも自身の変遷を語ってくれている。2021年には自身がディレクションを務める店舗「PICKY THE SHOP / BAR」をオープン。カルチャースポットとして人気と注目を集める。
奈良裕也氏に代表されるように、魅力的なキャラクターと才能を持った人たちがこの街で“おしゃれキング”として見出され、トレンドセッターとなり、また憧れを生み出していく。“カリスマ”の次にやってきた“キング”の登場は、「美容師に切ってもらいたい」に加え「美容師になりたい」という声を増やし、美容師を目指す人たちへ大きな影響を与えたのではないだろうか。
>>Page 3 カリスマとキングの共存 ストイックさが生む一流のサイクル

























