街に「異質な種」を蒔き続ける『ワタリウム美術館』36年目の航海 Part.1〜幼少期の青山/VAN TOWN/オン・サンデーズ編〜
1990年の開館以来、東京・表参道/原宿の地でアートの「今」を提示し続けてきた「ワタリウム美術館」。初代館長・和多利志津子氏により、1972年に同地にオープンした「ギャルリー・ワタリ」時代から数えれば、半世紀以上にわたってこの場所は現代美術の最前線であり続けてきた。
2025年に迎えた35周年、そして36年目の新たな一歩は、大型展示「オスジェメオス+バリー・マッギー One More 展」(2026年2月8日まで開催)によって彩られている。今日までワタリウム美術館の歩みを支えたのは館長・和多利志津子氏の意志を継ぐ、ご息女・ご子息の和多利恵津子氏(現・館長)と和多利浩一氏(現・CEO)である。
青山の街で生まれ育った二人が見つめ続けてきた街の姿とストーリー、その変遷をPart.1、Part.2の前後編に分けてお届けしたい。

《Profile》
和多利恵津子
1956年生まれ。ワタリウム美術館館長。早稲田大学文学部卒業。1980年にミュージアムショップ・オン・サンデーズを設立。1990年、母である和多利志津子氏を館長としてワタリウム美術館を設立した。志津子氏から受け継いだ先鋭的な感性を軸に、展覧会プロデュースや建築・都市計画への参画、教育普及活動、出版事業を牽引。著書に『ロトチェンコの実験室』(新潮社)、『世界のミュージアムグッズ』(平凡社)など。「パビリオン・トウキョウ2021」実行委員長。「水の波紋展2021」主催。
和多利浩一
1960年生まれ。ワタリウム美術館 キュレーター/CEO。早稲田大学社会科学部卒業。80年オン・サンデーズ設立、83年に美術メディア出版社イッシプレス設立。1990年からワタリウム美術館のキュレーターとして、数多くの国内外の展覧会を企画。92年ドイツの国際美術展「ドクメンタ9」にて日本人で初めて働く。95年第1回ヨハネスブルグ・ビエンナーレの日本代表コミッショナー。2002年「原宿・神宮前まちづくり協議会」を発足させ、その初代代表幹事を務めた。「パビリオン・トウキョウ2021」制作委員長。「水の波紋展2021」主催。
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