「水の波紋」が広げた、社会とアートの接続
90年代以降、ワタリウム美術館はベルギーの現代美術キュレーター、ヤン・フートやスイスのキュレーター・美術史家、ハラルド・ゼーマンといった“現代キュレーションの父”と言われる人物たちを招聘し、伝説的な展覧会を次々と仕掛けていく。
浩一:「1990年のオープンからは、母も私も姉も、美術館にいるか海外にいるかという感じ。街に出て遊んだ記憶はあまりない。ここに来ればハラルド・ゼーマンやヤン・フート、私たちが敬愛するキュレーションの神様たちがやってくる。いちばん楽しくて刺激的な場所がここだったんです」

そんなワタリウム美術館の象徴のひとつがヤン・フートとともに行った1995年の「水の波紋展」だ。青山・神宮前エリアの48箇所に作品を点在させるこの試みは、地下鉄サリン事件直後の、街が警戒心に包まれていた時期に行われた。
浩一:「ゴミ箱すら撤去された街で、何を置くんだと言われましたよ。でも、正式な許可を全て取って、地方の自治体や個人とアーティストをつなげて作品を作った。のべ1000人もの人が関わり、まさに水の波紋のように社会とアートがつながっていったんです。
95年の「水の波紋展」では、許可を取っていない場所に海外の作家が作品を置きたがった。あえて『好きにしていいよ』と言って置かせたら、ものの30分で『あれを置いたのは和多利さんですよね?』と警察から連絡があったんです(笑)。まだこの国は捨てたもんじゃないと思いました」

1995年の水の波紋展より。蔡國強による『橋』は熊本県・水俣市の竹を使って作られた。鑑賞者は旧善光寺幼稚園(北青山3丁目)から昇り、もう一方のお墓に降り立つという作品 写真提供:ワタリウム美術館
そして、2021年にはオリンピック関連の企画として、街を会場とした「パビリオン・トウキョウ2021」、「水の波紋展2021」の2企画を同時に行った。「パビリオン・トウキョウ2021」は10のパビリオンを建築家に作ってもらい、大通りに配置。

「パビリオン・トウキョウ2021」 明治神宮外苑いちょう並木入口に設置された会田誠氏の作品「東京城」。災害の記憶をテーマにブルーシートとダンボールで制作されたアートプロジェクト 写真提供:ワタリウム美術館
「水の波紋展2021」では比較的小さな路地や小道、ビルの壁面、空き地など街の隙間に27人に及ぶアーティストの作品を配置した。

「水の波紋展 2021」で解体前の第一青山ビルを舞台に展示された「ヨタの青空カラオケ」。木崎公隆・山脇弘道からなる現代アートユニットYotta(ヨタ)によるもの。日付を限定し、事前予約にて実際にカラオケすることもできた。写真提供:ワタリウム美術館
例えば、公共空間や路上を舞台としたアートプロジェクトを展開するアートチーム「SIDE CORE(サイドコア)」が国が管理する空き地をスケートパークに変え、近隣のクレームと鑑賞者の興奮を同時に巻き起こした。26年経って、その勢いは衰えるどころか二重構造へと進化し、さらに深みを増す構成となって街へと波及したのだ。
恵津子:「街に異質なものが入ると、排除しようとする動きも出る。でもそれは、人間の体と同じように街が生きている証拠であり、正常な反応なんです」

35年間にわたって、アートとともに街を刺激しつづけてきた「ワタリウム美術館」。最後に街の未来について話を聞いた。
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