ミューラルは突然更新される
また、彼女のミューラルの描き方として特徴的なのは、「壁の持ち主にちゃんと許可を取る」という点だ。ストリートアートというと無許可で描いてしまう印象があるが、その理由は?
「私はビビリだし描くのも遅いし、丁寧に自分の世界を再現したくて。ちゃんと交渉して許可を取ってる…って言うとカタい印象になっちゃうな。私としては、きちんと話して、壁を手に入れてる!って感じ(笑)」
一体どういうことだろうか。彼女がオモハラで最初に作品を描いた壁は、原宿のアメリカンダイナー「San Francisco Peaks」だということで、その経緯を聞いてみると。
アメリカンダイナー「San Francisco Peaks」の裏の壁面
「あそこの壁、監視カメラがついてたから、ずっと真っ白で綺麗な状態だったの。通るたびに『私に描いてほしそうだな』って感じてたんだけど、ちょうど近くの『GALLERY TARGET』で個展をすることになったから、そばに大きい絵もあった方がいいなって思って、店に入ってスタッフの女の子に相談してみたんだよね。そしたら『今オーナーいないんですけど、聞いたら絶対いいって言いますよ!』って言ってくれて、そのあと本当に許可がもらえたから、『手に入れた! やっぱりここは私が描くための場所だったんだ!』って思ったの」
慣れ親しんだこの街だからこそ可能なフランクな交渉を行いながら、その後もこのエリアの様々な壁に黒いモンスターを描いていったLyさんは、4年後、「San Francisco Peaks」の壁にもう一体のモンスターを追加した。
右側のモンスターは4年後に登場
「作品を解説すると、最初に描いた左側のモンスターはHATEくん。この絵を描いたときは挫折している最中だったから、個展のテーマも『I hate everything.』で、そんな気持ちの象徴。うなだれてて手もないの。それで、4年後に描いた右側のモンスターがLUVくん。立ち直って、これからずっと死ぬまでペイントしていくんだろうなーっていう覚悟の象徴で、しっかり前を見据えてる。私の心の浮き沈みが記録されてる壁だね」
時を経てあるとき突然に更新される。これも、ギャラリーのアートにはない、ミューラルならではの魅力だろう。オモハラには、他にも更新されている壁がある。そして、そこにはこれまでとは一線を画す白い生き物が。
キャットストリートのアパレルショップ「I am I HOLE」の壁面
「キャットストリートのミューラルは数日前に昔のミューラルの上からペイントし直したんだけど、これは私が初めて描いて女の子で。私、新作はギャラリーじゃなくて壁で発表するって決めてるから。ちなみに、左下のLUVくんは、あえてリペイント前のものを残してあって、前の壁を知っててくれる人が楽しめるようにしてるの」
リペイント前の「I am I HOLE」。左のモンスターの顔の一部は現在も残されている
自身のフットワークで許可を取りつけながら、丁寧にミューラルを制作・更新していくLyさん。彼女にとって、オモハラの街は最適なキャンバスであると同時に、自身の心境を記録する大切な日記帳のような存在でもあるのかもしれない。