【レポート】今こそ知りたい巨匠の哲学!「ドナルド・ジャッド」クロニクルをワタリウム美術館で体感
カフェやライフスタイルショップ、あるいは洗練された住宅空間などで、コンクリートや金属の質感を活かし、装飾を極限まで削ぎ落としたミニマルなデザインを目にすることは多いだろう。「ミニマリズム」という言葉がライフスタイルやデザインのトレンドとして一つのスタンダードになり、余白の美しさが再評価され続けてきたこの10年。そのスタイルの源流を辿っていくと、一人のアーティストの思想に行き着く。それが20世紀を代表する巨匠、ドナルド・ジャッド(以下:ジャッド 敬称略)である。
1994年に没して今なお、世界中の建築家やデザイナーに影響を与え続けるジャッドは1978年、ワタリウム美術館の前身である「ギャルリー・ワタリ」で日本初個展を行っている。初代館長・和多利志津子氏が実現させた個展から約50年という時を経て、ジャッドが再びここワタリウム美術館の地に帰ってきた。今こそ知りたい、我々のライフスタイルに横たわる巨大な“JUDD”という概念とジャッド本人への理解を深めるべく編集部はワタリウム美術館へと足を運んだ。

「ジャッドとは?」美術表現の果てに行き着いた「空間」と「物質」

ドナルド・ジャッド(1928-1994)。米ミズーリ州に生まれ、コロンビア大学で哲学と美術史を学んだ彼は、1950年代後半から美術誌の批評家・エッセイストとしてキャリアをスタートさせる。当時の旧態依然とした美術表現に対して鋭い言論を展開し、1965年に発表したエッセイ「明確な物体(Specific Objects)」において、従来の「絵画」でも「彫刻」でもない、工業用素材を用いた全く新しい立体作品のあり方を提唱した。
本人は「ミニマリスト」というレッテルを嫌ったが、イリュージョニズム(錯覚)や装飾を徹底的に排除し、物質そのものの存在感と、それが置かれる「空間」との関係性を極限まで追求した彼の思想は、それまでの美術のルールを根本から覆した。20世紀後半の美術において最も重要な役割を果たし、現代のアートシーンはもちろん、気鋭の建築家やデザイナーたちにまで絶大な影響を与え続ける、まさに真の巨匠と呼ぶにふさわしい人物だ。

左から:無題 1977 ステンレス鋼に青のプレキシグラス(ジャッド財団蔵)/ 無題 1991 陽極処理したアルミニウム、黄色に透明な琥珀色のプレキシグラス(ジャッド財団蔵)
展覧会は2Fから順に、3F、4Fとキャリアを辿るようにニューヨークからマーファへの道程が作品とともに連なって展開。洗練された立体作品のイメージから、彼をインテリアデザイナーや建築家だと思っている人もいるかもしれない。しかし、本展では彼の探求があくまで美術表現の延長線上にあり、その先に素材があり、物質があり、建築や環境、そして空間に行き着いたのだということが、ジャッド自身が書き記した言葉とともに丁寧に編集されていた。
移り変わる都市と、普遍的な「場」の共鳴
1994年にジャッドが亡くなって以降、日本では1999年に行われた国内の巡回展を最後に、ジャッドの大規模な個展は意外にも行われていない。25年もの時を経て開催された今回の「ジャッド|マーファ」は長年のファンにとってはまさに待望の機会であり、同時に「そもそもジャッドってどんな人で、何がすごいの?」という人にとっても最適な入門編となっている。
肝心なのはなぜ今、表参道・原宿エリアの周縁に位置するワタリウム美術館で“ジャッド”なのか。それは、彼が極限まで重んじた「場所性」と深く結びついているように思う。

4階に展示された建築物の設計図からは、四角に区分けしたミニマルな空間デザインなどジャッドのこだわりと発明を体系的に見ることができる。
ジャッドは1970年代、大量消費社会の象徴であるニューヨークを離れ、テキサス州マーファという広大な砂漠の町へと渡った。そこで彼は、作品と自然環境、そして建築が永遠に一体となる『パーマネントインスタレーション(恒久的な展示)』の制作に没頭する。「どこに・どう置かれるか」を作品の重要な要素として捉え、特定の環境と結びついた普遍的な空間を求めたのだ。

ジャッドが40000エーカー(東京ドーム: 約 3,460個分)もの土地を購入し、建築的介入を行ったマーファの地
一方で、東京・表参道や原宿は、常に新しいトレンドが生まれ、目まぐるしいスピードで街の景色が消費されていくエリアである。しかし、その中心近くにありながら、キラー通りに面してマリオ・ボッタ設計の象徴的な建築を構えるワタリウム美術館は、街の移ろいに流されることなく、確固たる存在感を放ち続ける特異かつ普遍的な「場」として存在している。また、美術館内にとどまらず街の中へとアートを波及させ展示するなど「場所」を重要視してきたことにも共通点が見出せる。
絶えず変化する都市の中で、この計算された建築空間にジャッドの作品が置かれるとき、そこには単なる展示を超えた特別な共鳴が生まれる。ジャッド財団やチナティ財団の協力のもと、この場所だからこそ実現できた極めて希少な空間体験だ。

“素材”に着目した立体作品として作られた椅子。ジャッドはインテリアの持つ機能美には強く惹かれていたそうだ。初期は資金の兼ね合いで木工が得意な父の力を借りて自作していたが、手仕事感すら排除するため加工業者と協働するようになる
会場では、彼が描いていた初期の絵画作品から始まり、立体作品、ニューヨークのソーホーにビルを借りて空間そのものに向き合い始めた時代、そしてテキサス州マーファという広大な土地へと渡り、前述のパーマネントインスタレーションを制作するに至るまでのクロニクルが見事に網羅されている。
筆者も初期作品を目にしたのは初めて。デザインのデッサン以外でジャッドが絵画作品を描いていたというのは恥ずかしながら未知だったので観ることができて良かった。

左から:無題 1958 キャンバスに油彩 ジャッド財団蔵/無題 1956 キャンバスに油彩 ジャッド財団蔵 / ウェルフェア・アイランド 1956 キャンバスに油彩 ジャッド財団蔵 /無題 1967 メッキした鉄板 公益財団法人大原芸術財団 大原美術館蔵
静かな熱気を帯びる ワタリウム美術館という空間との相性
本展のハイライトとも言えるのが、2Fに設置された25cmの等間隔で壁面に垂直に設置された10個のアルミニウムを並べた彫刻作品だ。4階の窓から射し込む自然光が、時間帯や天候によってその時々で作品の表情を変え、作品の質感や存在そのものを美しく際立たせる。

左から:無題 1990 黒のアノダイズド・アルミニウム、ブロンズ色のプレキシグラス(10ユニット) 静岡県立美術館蔵/無題 1989 アルミニウムに塗装 鹿児島県霧島アートの森蔵
ただ作品を置くのではなく、そこにある「空間」や「環境」そのものを重んじたジャッドの精神が、このワタリウム美術館の建築にも確かに宿っていると感じられる瞬間だった。ジャッドとワタリウム美術館、双方の相性の良さを物語る、本展の象徴的な展示のひとつと言えるだろう。
取材に訪れたのは平日の昼間。さらに展覧会全体を通して約4ヶ月間という長い会期にも関わらず、会場には絶えず来場者が訪れていたことに驚いた。年齢や性別もさまざまだ。決して派手な熱狂ではなく、粛々と、一人ひとりが静かに作品と向き合っている。観覧者の静謐な熱量に、ジャッドというアーティストが持つ普遍的な影響力と、ワタリウム美術館がこの街で築き上げてきた確かな求心力を見た気がした。

街とマーファを繋ぐポータルポイントとしてのワタリウム美術館
4Fでは1978年に来日した個展時の写真や貴重な資料に加え、ワタリウム美術館と親交が深い、現代美術家・草間彌生氏との写真まで貴重な歴史の一幕が展示されていた。脇にはミニチュアで精巧に制作された当時のギャルリー・ワタリの模型が置かれ、中には当時の展示の様子が緻密に再現されている。

今はもう物理的に見ることが叶わない空間だからこそ、当時の和多利志津子氏や草間彌生氏とジャッドが交わした言葉や、日本で初めて彼の空間が立ち上がった瞬間に思いを馳せることができる。同時に、その時代を知らない世代にとっても「当時のギャルリー・ワタリはこんな作りの空間だったのか」と知ることができるのは純粋に嬉しい。

さらに奥へ進むと、本展のクライマックス。展示会の名前にもなっているテキサス州のマーファに作られた建築物(解説では本人の残した言葉を基に“建築的介入”と表記)とご対面。展示室の壁はマーファの土の色をイメージ。そこでは映像と建築物の設計図、あるいはその制作の一部によって、展示室はマーファとを繋ぐポータルポイントのような場所として機能していた。
ジャッドの“建築的介入”によって、もともと軍用の体育館からリノベーションされた「アリーナ」の象徴的な「十字扉」は、なんとCGで再現されていてその場をくるくると回っている。魅力を損なうことなく、詳細なディテールをユニークに見せる姿勢が面白い。

現地ではエスパス ルイ・ヴィトン東京などでも展示を行ったダン・フレイヴィンをはじめ、自動車の廃材を用いたダイナミックな彫刻で知られるジョン・チェンバレンや、カール・アンドレ、リチャード・ロングといった錚々たる世界的作家たちの作品も恒久展示されているとあって、「いつかマーファへ行って観てみたい」そんな思いが頭を過ぎる(テキサス州とメキシコの国境にある街、エルパソから車で4時間くらいの場所にあるそうなので道のりは険しそうだ)。

会期中の毎週土曜(2026年6月6日まで)は、入館料のみで参加できるトークイベントが開催。開館時間を1時間延長して実施され、さまざまなトークゲストを招いてジャッドについての多角的、多面的な視点の考察とともに理解を深めることができる試みだ。ただ展示を行うだけでなく、オープンな機会を設けてコミュニケーションを図るのがワタリウム美術館らしいと言える。
常に新しいものが消費されていく表参道・原宿という街のすぐそばで、時代を超えて恒久的に残り続ける普遍的な「空間」と「物質」に出会う。ワタリウム美術館でジャッドの哲学を体感するという、希少な体験として書き記しておきたい。

>>ワタリウム美術館 館長・和多利恵津子/代表・和多利浩一 のインタビュー
Part.1〜幼少期の青山/VAN TOWN/オン・サンデーズ編〜
Part.2〜ギャルリー・ワタリ/ワタリウム美術館/未来の青山編〜
■ジャッド|マーファ展
開催期間:2026年2月15日(日)〜6月7日(日)
開催場所:ワタリウム美術館
住所:東京都渋谷区神宮前3-7-6
電話番号:03-3402-3001
開館時間:11:00-19:00
休館日:月曜日(2/23、5/4は開館)
入館料:
[大人]1,500円
[学生(25歳以下)]1,300円
URL:ワタリウム美術館 オフィシャルサイト
※トークイベントと図録についての詳細はNEWS記事を参照
Text:Tomohisa Mochizuki
Photo:OMOHARAREAL編集部





























